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9月の気づき★私の劇場★わっしょい!



駆け抜けるように夏が終わり、あっという間に秋に突入しましたね。

各地に残された台風の爪痕。

一日最早い復旧を心から祈りながら、今年という年の持つ様々な意味においての大きな変化&変転のパワーを改めて感じています。


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究極の状況の中、私たちが気づくことってなんでしょうか。

それは、おそらく「本当に自分にとって大事なものは何だろうか」、ということ。

その一言に尽きるのだろうなと思います。

その答えは、もう既に自分の中にあるのに、人はそこを探し続けているでしょうね。

多分、その理由は、その時間が必要なんでしょうね。

その中で深まっていく真実への理解、それがあるからなのだろうな~

そんなことを感じながら、9月の時間を過ごしています。



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今年、私はドラマセラピーの日本においてのパイオニアである尾上先生の基礎トレーニングを受講していますが、9月の連続レクチャーは「ちょっとした革命」と言えるような体験でした。

「私の劇場」と名付けられた宿題。

2か月以上前に「9月に発表」という規定で出されていた課題でしたが、出されてから2か月間、いつもずっと心に常に存在し続けていた課題でした。

舞台にかかっている演目はミュージカル「人生は冒険だ!」

パッション&チャレンジ・シアターで絶賛公演中。

様々な提示の仕方があったのですが、私はあえてジオラマという手段をとりました。

その下絵を描いて、ジオラマに作成して、皆に説明し、それを実際に演じてもらい、自分で振り返る。。。

この5つのステップを通じ、さまざまな気づきがありました。

そこに気づいた時、かなりガツンと大きなインパクが走りました。

そこを受け入れ、その内部に宿るものに深く目を向け、「何を大事にしたいのか?」という問いを自分を投げ続けました。


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私が舞台の中央に立たせた主役は「ME」という存在でした。

後ろには「母として」「妻として」が立っていますが、「娘として」「姉として」は登場していません。

もっと言えば、「アカシックリーダーとして」さえも出ていません。

今の「ME」の中に全てが一部として溶け合っていて、あえて出す必要がなかったのです。

しかも、私の真横には自分自身がディレクターとなって「おし!行け!」などと指示を出しているのです。

普段であれば、舞台のそでや舞台の下に居るべき存在が、舞台上に居るという不自然さ。

下絵の段階ではディレクターは舞台下にいたのに、ジオラマに仕立てて動かし始めたら、なんだかしっくりこなかったのです。

自分の気持ちのままに動かしていったら、主役の真横に。
そこにディレクターがいることが、今の自分には一番しっくりくる配置だったのです。

つまり、、、

常に自分にGOサインを出していてほしいし、確認を採れる存在を自分の真横に置いておきたいんですね、私は。

終わってから気づいたことは、まだまだありました。

役割依存な自分の発見もその一つ。

娘の私もいなくて、姉の私もいなくて、なぜ「母」や「妻」だけのっていたのか?
そこが「特に重要」だと自分で心底から思っているいうわけではなく、、、

ーそこが大事でしょ。
ーそこをないがしろにしてはダメだからね、だから今は出来ないよ!

そんな言い訳のもとに、自分が向かうべきものへ向かわせないようにしていただけだったというコト!

あえて、口うるさい外野を舞台に乗せて、社会的にもっともなことだと断念できる言い訳を用意したんですね~

ひゃ~!もう、なんという「役割依存」!!!!

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赤い椅子が置いてあるのは楽屋です。

すでに次回作「予想外です」の脚本が置かれています。

真ん中はリハーサル室。

自分が目指すことを100%やっている自分。
彼女は本番の舞台に乗る日を夢みてウキウキとリハーサル中。

倉庫室に置いてあるものは、今まで長くかかわってきた職の肩書きと、今まで絡みついていた概念、常識。

「常識」ってやつを倉庫にしまったいるくせに、その「常識」を武器にして自分に言い訳を与えようと必死だった自分がいたから舞台に「母」や「妻」を登場させていたんですよね、、、、

もう、そこに気がついたときは、唖然茫然でした。
自分で自分に大爆笑!!

ーおバカちゃんだな~私!!!!

ーほんとドンダケ~?!

倉庫にしまっている理由についても、深く内部を探っていきました。

ーなぜそれを倉庫に書き入れたのか?
ーなぜそれが絡みついて苦しかったのか?

それが、かなり自分の幼いころからの体験から由来しているのだということに気づいたり、、、

また、実は舞台自体が360度の回転舞台だったんだということにも気づきました。

どこから誰から見られたっていいんだってことです。

それは、家族や友人に限らず、目に見えない存在たちや、魂で繋がっている大事な人々、、、

だれからどう見られたって、どこから見てもOKなのが「今の私の劇場」なんだなってことです。

この状態を、ドラマセラピーの仲間たちが演じてくれた瞬間は!!!!でした。

内側の自分と外側の自分と、、、その二つを見ている自分と。

言葉に出来ないものが溢れてきて、自分の内面劇場を見て不覚にも泣いてしまいました。

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偶然にも、この時期は秋祭りの真っ最中。

BGMのように絶え間なく耳に入ってきたのは、秋祭りのお囃子と「わっしょい」のサウンド。

このタイミングで今こうした時間を与えられていること。

すべてが本当に貴重な気づきのプロセス。

まだまだ課題もたくさんあるけれど

決してやさしい道のりではないけれど

でも、今こうして体験していること全てが私が目指しているものに必要なアイテム。

大事だからこそ、あえて全部ちゃんと噛み砕いて進んでいきたいな。

どんなことでも、自分の中にあるものを取りこぼすことなく目を向けていきたいな。

自分の中に起きていることを大事にしない人に、他人のプロセスを大事に出来るわけはないものね。

人生の中で気づくこと、得ること、全てがギフトだよね。

「わっしょい」のサウンドを聞きながら、そんな風に思っていました。



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9月の日食のベルが鳴り、また一つプロセスが進んでいきそうです。

私も現実的な手順をいくつかスタートさせました。

出来るだけ今の自分に素直に、そして悔いなく。

今の時間を大事に過ごしていきたいなと思っています。


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by Dorothy-Naomi | 2015-09-13 23:08 | *Daily Notebook | Comments(0)