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屋根裏部屋の扉を閉める時



今年は本当に、自分の奥底にある様々なものと向き合って来た年だったなぁと思う。

Covid-19や、異常気象、いろんなことがあった年だったけれど、、、

私の中で一番大きなことは、自分の秘密の扉を開けて、そこと向き合ってきたこと。

それに尽きる気がする。



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人は大人になるにつれて、頭(思考)で全てを処理しようとするけれど

本当の自分の思いは、いつだって身体に宿っている。

その身体の声に耳を傾けて、そこにある思いとつながって、

それを解放しつづけてきた年だったなぁと思う。

特に母との間にある葛藤は、難問だった。

今まで何度も取り組みながら、終わった気になっていたけれど、全然終わってなんていないことは、自分でもわかっていた。

そこに、もう取り組むべきタイミングなのはわかっていた。

母が向こう岸へと旅立つタイミングが迫っている今、私はそれをやらなかったら一生後悔するだろうと知っていた。

本当に、よく泣いた。

本当に、よく自分に腹をたてた。

そして、本当によく自分を許し続けた。




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母のいる施設が、もう残された母の時間が少ないことを考慮して

面会を許してくれたのは幸いだった。

そして、その面会で、私は自分の出せるありったけの正直さで母と会話した。

きっと、私の顔は5歳児みたいだったと思う。

ぐしゃぐしゃの泣きべそで、母に語り続けた。

帰りの電車で、定期券を落としてしまったことに気づいて、施設のある駅まで戻れたのも幸いだった。

私に、まだ泣き足りない私に、電車の中で泣く時間をくれたんだと思う。



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そして、奇跡が起こった。

ほとんど食べ物を取れずにいた母が、食事を取り始めたという。

ほんの、スプーンに何口かのものだったとしても、

それは母の「生きる意欲」だとわかった。

「ご家族が会いに来てくれて、嬉しかったんですね」とスタッフの方々。

2回目、母に会うと母は私の顔を見て笑い、私たちは短い会話をした。

これ以上、最高のプレゼントはないと思った。

すっかり泣き虫の私は、また泣いた。



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もちろん、母の残された時間が少ないことには変わりない。

そんなことは分かっているけれど、、、

ほんの僅かでも、そんな時間が与えられたこと

それは小さな奇跡だった。

私がずっと欲しかったもの。

それは、こうして、ただ母と笑って一緒にいる時間。それだけだったんだ。




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湧き上がる様々なものと向き合いながら

いろんな自分を抱きしめながら

ああ、ここまで来ることが私のゴールだったんだなと思った。

そして、そろそろ、この屋根裏部屋を閉じるタイミングだなと思った。




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ありがとう、屋根裏部屋。

長い間、私の居場所でいてくれて、ありがとう。

心からの感謝をこめて。



2020年のラストに🕯✨





# by Dorothy-Naomi | 2020-12-30 19:15 | *Daily Notebook

二つの節目:学会発表終了&奄美大島の時間



今月は、ずっと取り組んできたことの1つの結果を迎えたような一ヶ月だった。


まずは11/1、日本クリエイティブ・アーツセラピー学会(JCATA)での、オンラインのドラマセラピー の発表。

学会での発表は初めてのこと!

ドキドキした部分はあったけれど、思い切って引き受けて本当に良かった。二ヶ月かけて発表内容をまとめてきた。


意見やアドバイスをくれただけでなく、リハーサルにまで付き合ってくれた我が家のNや、妹のぽんちゃんには本当に感謝だ。




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結果としてこの発表は、私がこの1年「どんな思いで、何を大事にしてドラマセラピー を行ってきたのか?」の集大成になったような気がしている。






・何を持って私たちは距離があると感じるのか?

・心的距離?物理的距離?

・距離があることのメリット、デメリット

・距離があるからこそ遊べること

・五感ワークを取り入れ、皆と心的距離を近くしていくことの大事さ

・ドラマセラピー の中ならば、距離を自由自在に操ることが可能なこと

・オンラインだからこそ、自分だけに集中できる時間、みんなと一緒にやる時間の二つが可能なこと

・「対面ができないからオンライン」ではなく、「オンラインしか出来ないことがあるからオンライン」でやるのだということ。






そんなことを、一つ一つ丁寧にまとめながら、自分が今年取り組んできたことを、じっくりと振り返る良い時間になったなぁと思う。

そして、そこに対して、自分が作ってきた実績を、自分で認めることが出来たなと感じている。





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この学会のすぐあと、もう一つの大仕事を終えるために、私は妹と奄美大島へ向かった。

奄美大島は、古代のレムリアからのエネルギーが濃く残る場所。





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私たちは、いくつかの場所を巡りながら祈った。

自分たちのために。

最期の時間を迎えつつある母のために。

そして、さまざまな感情を、潮風と波と一緒に解放していった。




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過去生も今生も

繰り返してきているものは、受け入れて理解して解放していく。

私が一番やらなくちゃいけないことって、今はそれだけなんだろうなと思う。



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奄美大島にきたのは2度目。

奄美の海も緑も、本当に優しくて泣けるほどあったかい。

ある場所で私はドブーンと海におっこちて、ハートのところまで水でずぶ濡れになったけれど

どこかで、波にザップーンと濡れてしまう自分を予感していた。
というか、濡れたがっている自分を知っていた。

面白いね。

どんなに隠しても抵抗しても、ちゃんと心の奥で思っていることは、こうして実現ちゃうんだなぁ。

誰もいない海岸で、ずぶ濡れになりながら、ゲタゲタ笑ってしまった。




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この奄美大島から戻ってから、私は自分のホームページとメールアドレスを変えた。本当は、もう少し前にリニューアルを予定していたのに、このタイミングになった。



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それも偶然じゃないんだなと思う。全てを終えるから、新たなものが始まる。




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そして、


最近になって、このブログ自体を、そろそろ終わらせようかなと思い始めている。

この屋根裏部屋は、長い間、とっても居心地が良かった場所だったけれど、

多分、今の私がいたいのは、もうここじゃないんだと思う。

次回で最後にしよう。

自分の今の気持ちに正直に、飛び出していこう。

それでいい。













# by Dorothy-Naomi | 2020-11-27 19:37 | *Daily Notebook

Good-bye Old, Hello to New!



10月の下旬になってだいぶ気温が下がって、木々の葉っぱが色づいてきた東京。

同じように見えて、全部、少しずつ色合いが違っているよね。

一枚として同じ葉っぱなんてない。

本当に素敵だ。そして、本当に綺麗だな〜って思う。




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先日、初めて、「World Alliance of Drama Therapy(WADT)」の会合がZoomで開催された。

これは世界中のドラマセラピストの集まりで、そこに日本が加わっていることが、なんとも嬉しくて、嬉しくて、、、

先輩ドラマセラピストのサチさんのスピーチに、画面の前で拍手〜〜!

今まで世界で一番大きなドラマセラピー 団体だったのは北米ドラマセラピー 学会だったけれど、WADTは文字通り「世界中のドラマセラピストの集まり」であり、それが集う場ができた意味はすごく大きいと思う。



(最後まで残った60名くらいのメンバーで記念撮影!私は上から三列目、左から三人目)



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アフリカやイスラム圏やアジア諸国のドラマセラピストたちの生の声が聞けたのもはエキサイティングだったし、短い時間ではあったけれどブレイクアウトルームで南米やヨーロッパのドラマセラピストたちと話ができたことも嬉しかった。




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日本には、まだたった五人しかドラマセラピストはいないけれど、「私には世界中に仲間がいる!」ーそう思えることは、ものすごく大きなパワーを私に与えてくれる。

今後、ますます、この活動が広がっていきますように。そして、未来につながる橋となっていけますように。

ドラマセラピー という一本の木に、色とりどりの葉っぱや、花や、たくさんの実がなっていきますように。




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人が「自分は自由だ」って感じる時って、どんな時だろう?

何も予定がない時?
明日のことを考えずに、ぼーっとしていられる時?

でも、、、

もしかしたら、自分を縛っているのは、スケジュールや明日のことなんかじゃなくて、自分の「〜しなくちゃいけない」という思い込みかもしれないよ?

そして、思い込みのほとんどは不安や恐怖が絡まったものなんだよね。

自分が作りあげてしまっている「まやかし」に急かされて何かをやっているとしたら、それは結局、自分を何かの仕組みに閉じ込めたままになってしまうんだよね。

不安や恐怖を内側に持っている人は、同じような振動数の人を呼んでしまうわけなので、周りの人も全て「閉じ込められた人ばかり」のはず。




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この秋、私は、自分を閉じ込めていたいくつかの場所から自分を解放した。


そうしなくちゃいけないと思っていたのは「思考の声」であって、私の「身体の声」は、もうこれ以上そこにいたくないと言って居るのがわかったから。

身体の声の正直さには、本当に脱帽だ。


私は、そこになんていたくなかったのに。
なんで、そんなに長い間、そこにいたんだろう。

思考の声のボリュームを下げて、身体の声とつながっていれば、もっと早く自分を楽にしてあげられたのに。



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自分の価値観が、この秋はどんどん刷新されていっている。

自分にとって「価値あるもの」が、ガラリと変わってしまった。

なぜ私は、それらを大事にしていたんだろう?

それらを大事にすることで、自分の何かを守っていたのかもしれないし、安心したかったのかもしれない。

でも、今の私には不要なものばかりだと気付いたからには、今までありがとうと告げて手放すだけだね。

自分の今の正直さを、私は大事にしてあげたい。

そして、今の自分の身軽さを、私は大事にしていきたい。















# by Dorothy-Naomi | 2020-10-25 17:43 | *Daily Notebook

身体の声・コンパッションについての独り言



去年から私が一番取り組んでいるのは、「身体と繋がる」ことだけれど、この秋は、本当にその大事さをヒシヒシと感じている。

身体と繋がれているって、本当にすごいことだ。

自分の内側で何が起こっているのか?
身体が伝えてくれるサインから、それがわかるのだから。



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頭の声(思考)にばかり意識をとられた状態が続くと、人は身体の声をとることができなくなってしまう。
それが、どれほど危険なことか?

それをわかっている人は、かなり少ない。
私もかつては、その一人だった。

特に、不安や恐怖を内側に持っていると、人は「今ここ」におらず、まだ起きてもいない未来ばかりを心配してしまう。

そうなると、余計に思考にばかり意識が行ってしまって、身体の声を聞くことができなくなってしまうんだよね。

身体の声とつながっていたら、「何が必要で、何が不必要なのか」がわかるし、ボディ・マインド・スピリットの健康の循環が崩れることもない。

身体の声はいつだって本当に正直だし、明確で迷いがない。

その声に従って動ける私たちでいることって、今、何よりも大事だと思うんだよね。




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今年はオンラインで「マインドフルネス・ストレス低減法」を学び、この夏に修了証をいただいたけれど、もう少し深く学びたくて、先月からオンラインで「マインドフルネス・コンパッション」
(Mindfulness Based Compassionate for Living)を受講中。

一体どうやって勉強&宿題の時間を作れるんだ?と悩んだけれど、、、

やはり今のタイミングで必要だった。受講してよかった!

今つくづくそう思っているところ。




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コンパッションというのは、日本語に訳すと「いたわり」とか「思いやり」とか「優しさ」になるけれど、
私は、もっと深いものだと思っていて、、、

なんていうのかな。
ギュッと抱きしめてチュッとキスしてあげている感じというのかな。

根底に「LOVE」が通っているもの。

私は、どれだけ自分に対して、コンパッションを与えているだろうか?
どれだけ、自分の身体を大事にしてあげているんだろうか?

鍼灸やアーユルヴェーダに行くことや、公園でのんびりと寝っ転がることや、大自然の中で手足を伸ばすこと、
それをやっていても、それはコンパッションを与えていることとは違うんだよね。

その根底に「自分へのLOVE」「自分への寄り添い」が、私にどれだけあったろうか?

自分で自分に対してのHUG & KISSができていなければ、どんなに素敵なものを与えていても身体の疲れはとれないし、ストレスが減っていくこともないと思う。



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今、私は、ドラマセラピー にマインドフルネスや、マインドフルネス・コンパッションを取り入れているけれど、今後、これが私のスタイルになっていくんだなと確信している。

コンパッションを持って自分自身を見つめ直してみると、、、
うーーーん、だいぶ、無茶なスケジュールの中で、長い間ずっと身体を頑張らせてきちゃったなぁと思う。

身体と仲良くなり始めると、身体がどんどん好きになる。

もう嫌がることはさせたくないなって思うし、もっと身体を喜ばせてあげたいなぁと心から感じる。
私にとってドラマセラピー は、身体と繋がるための大事な手段の一つであり、身体が喜びを感じる時間。

身体と繋がること、コンパッションを持って自分と付き合うこと、、、
それらは来年以降、ますます重要なキーワードになってくるはず。


あららら、、、
もうちょっと書きたいことはあったけれど、長くなっちゃたから、それはまた次回に。











# by Dorothy-Naomi | 2020-10-21 19:30 | *Daily Notebook

9月の終わりに


小学校での勤務もスタートするし、忙しくなるだろうな〜と思ってはいたけれど、、、

いやはや、、、、、、

まさか、9月、こ〜んなに忙しくなるとは〜〜〜

今日で9月が終わるという日になって、ようやく「9月のお休み」をとれた私。

小学校、フリースクール、セッション、2つの講座、そして心療内科のデイケア勤務と、よく全てをクリアしたな〜

ぎっしり書き込まれた9月のカレンダーを見ながら、自分にヨシヨシ!!

頭上に広がった空は、もう秋の気配。



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今月は、やはり小学校での勤務スタートが、なんといっても一番大きな出来事でしょうな。

月曜日の朝は5時に起床!

早朝の電車に乗って出勤するのはキツイけれど

念願の小学校勤務ですからね。

片道2時間弱も、なんとか気合いで!

NYUでインターンだった頃は、朝4時半起きでロングアイランドの小学校に行ってたわけだし

「あの長距離の辛さに比べれば、こんなのまだまだ〜〜」と自分を励ましつつ現地へ。




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この私立小学校は、「不登校体験があること」というのが入学条件というユニークな小学校。

4月に開講したものの、1学期は(コロナのため)ほとんど授業は出来なかったとのこと。

だから実質上、この9月が「ようやく小学校が始まった感じなんです」と、校長先生。





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授業のチャイムもなし、授業(プログラムと呼んでいる)に参加したくなければ、別のことをしていてもOK!

先生方もニックネームで呼びあっていて、生徒たちも先生をニックネームで呼んでいる。

世田谷区のフリースクールと同じく、ここでも私は「なおみん」!

ここで私が担当しているのは英語、そして音楽の補助。

校長先生からは「ゆくゆくはドラマセラピーもやっていいですよ 」と言われているけれど、、、

う〜ん、まずは子供達との関係を作ってからかな。

大人に不信感を抱いていたり、傷ついた心を抱えたままの子供達もたくさんいる。

そんな彼らとの信頼関係を作っていくには、時間が必要だし、決して焦ってはいけないことは分かっているつもり。




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以前、英語講師として小学校で教えていた時のことが、時々ふっと蘇るけれど

あの頃の私とは、子供達に対しての見方も感じ方も全然違う。

ああ、私はもう、英語の先生じゃないんだな〜って感じる。



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教室にいることができなくって、職員室でYou Tube見ている子の横にいるときも、、、

「ぼっち部屋」(一人ボッチになれる小部屋)から出てきた子と、ふっと目が合った時も、、、

スライム作りをしている子と、一緒に遊んでいる時も、、、

私は先生として、そこにいるんわけじゃない。

セラピストとしてその場にいるし、「なおみん」として一緒にいる。



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先日のこと。

真夜中近くまで英語の教材(なんと、全部私が用意しなくちゃいけない〜〜〜〜!)作りを、フーフーやっていたら

お風呂に入っている間に、夫と息子が手伝ってくれていた。

そんな、さりげない温かなヘルプが嬉しい。

我が家の男性陣の理解とヘルプがあるからこそ、私はこうして仕事に専念できているんだよね。本当に。

ありがたいなぁと思う。



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三階の教室からは、土手の向こう側に江戸川が流れるのが見える。

小学校の1日の終わりに消毒液で掃除しながら、こうして窓から江戸川を眺めていると

「ま、このまま自然な流れに乗っていけばいいさ〜」

そう思えてくる。

そして、今こうして体験していることの全てに「ありがとう」って思えて来る。

小さなブロックのように、ここでの体験を積み重ねながら、子供達と一緒に過ごしていこう。



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# by Dorothy-Naomi | 2020-09-30 23:44 | *Daily Notebook